今日もあと数分で日が替わる。昼間は手術が3件で、うち1つは仔猫の横隔膜ヘルニアであった。右側の横隔膜は腹壁と胸壁の隔たりの付け根からほぼ180度にわたり断裂し、本来は腹腔内にあるべき肝臓と胃の殆どと腸管の半分がヘルニア裂孔から胸腔内へ移動し、心臓をさらに左側へ押しやり、肺はそれらの臓器による圧迫と失せた胸腔内陰圧のために膨らまない。昔からと言ったら語弊があるかもしれないが、猫の横隔膜ヘルニアの手術成功率は50%。半分が生きれるが、残りの半数は助からない。犬は3頭に2頭が成功する。それだけに緊張を強いられる手術である。今月も手術が立て込んでおり、休診日以外は毎日入る。50kgもあろうかというピレネーの前腕骨骨折、脊髄造影と脊椎の手術、乳腺腫瘍、肥満細胞腫の断脚など・・・・・。手術ばかりは、いくらやっても緊張する。特に麻酔と手術時間には気を使う。使用する麻酔薬の「匙加減」で多くは乗り切れるが、たまには血圧が下がったり、心拍数が急減して、冷や汗をかく。動物での3時間以上の麻酔は極力避けたいため、手術もスピードが必要だ。外科手術にはスリルとストレスが裏腹の付き物である。
さて、今日の昼12時は今年の「最ももの」の「エキサイトマッチ」の生放送開始時間であった。手術に集中しなければならないが、そうもいかない。猫の去勢と、老齢で弁膜症持ちであるパピヨンの抜歯・歯石除去と腫瘤切除を早々に済ませたが、それでも終わったのが、メイン・イベントのゴングが鳴った後で、2ラウンドからの観戦となった。「マニー・パックマン・パキャオ V.S. ミゲール・アンヘル・コット」戦である。パッキャオは昨年12月にデラ・ホーヤを、今年の5月にはリッキー・ハットンをそれぞれ退けた4階級制覇のアジアの英雄である。ミゲール・コットは現・WBO世界ウェルター級のチャンピオンで2階級を制覇している。結果は、パッキャオが3回と4回にダウンを奪い、その後は防戦一方気味の逃げるコットに12回TKO勝ちした。特に4回の左アッパーの炸裂は見事で、アッパーレであった。本来、ウエイトの軽いパッキャオだが、これで5階級チャンプとなった。ゴールデン・ボーイことデラ・ホーヤの6階級制覇に迫る偉業である。戦績も55戦50勝(38KO)3敗2分。まだ30歳、これからのさらなるビッグ・マッチが楽しみである。解説のジョー・小泉氏曰く、「また一つ、箔が付いた」一戦であった。
横隔膜ヘルニアの猫。パッキャオのKOが決まって、上機嫌で麻酔に入り、「失敗しない手術」が予定通り終了した。一両日が山だ。生死を左右する手術の重圧も、終われば何とも言えぬ満足感に変化(へんげ)する。スリルと恐怖、それに周りのプレッシャーに打ち克ったパッキャオ。半日過ぎた今の心境は如何に。回が進むにつれ、チャンピオンであるミゲール・コットのKO回避の戦法に観る者もブーイングを飛ばしていた。逃げーる・コットであった。それが情けなく悲しくさえ思えた。ボクシングは人生である。手術の成功も、慎重さや果敢さ、それに咄嗟の判断力を兼ね備え、機転の利く術者がいればこそ、達成される。パッキャオの戦い方はいつもそのことを教えてくれる。