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今週の親仁ギャグ・2016年2月28日(日)~3月5日(土)

●縄文人や弥生人は何を食って生活していたのだろう。そんなの心配には及びませんよね。身近にあって苦なく採取できるものは反吐が出そうな不味いものでなければ何でも食っていたでしょうから。(トラフグの肝と卵巣が猛毒であることはどうして知ったのでしょうか。これも縄文人は食していたようで、2000年前の貝塚からトラフグの骨が発見されているそうです)。鰹も縄文時代から食されていたし、昆布も縄文時代末期には腹に入っていたようです。昆布という言葉はアイヌ人が呼んでいたそうで、昆布は鎌倉中期以前、北海道の松前から本州に運ばれ、17~18世紀には北前船で大量が大坂に輸送されました。いわゆる「和食」が発明というか、発展したのは室町時代です。鰹(イノシン酸)も昆布(グルタミン酸)も椎茸(グアニル酸)も貝類(コハク酸)も具として煮てしまえば必然「出汁」が出たことになります。「出汁は鰹」(この場合の鰹は鰹節)と書かれたのが1643年の「料理物語」だそうです。鰹節の譚は後として信長が安土城で家康を接待した時の「信長の安土城饗宴食」のメニューが残っていて、再現した写真がありました(先週の写真)。天正10年(1582)5月のことで、2日間に4回の食事だったそうです。本膳(一膳)から五膳まであり、内容と言うと、本膳が御飯・菜汁・鮒の鮨・鯉の膾・鯛の焼きもの・蛸・香の物、二膳が鯉の汁・海鞘(ほや)ひや汁・鱧・鮑・きんこ(干し海鼠)のふくめ煮・潤香(うるか)・鰻の膾、三膳が鱸汁・鶴汁・渡り蟹・田螺・焼き鳥(雉胸肉)、四膳が色絵磁器つぼ・鮒汁・巻き鯣(するめ)・椎茸、五膳が鴨汁・牛蒡・生姜酢・削り昆布・まな鰹刺身、他にカラスミ・お菓子(枇杷・薄皮饅頭・美濃柿・山芋・揚げ麩)。この豪華さには驚愕ですね。流石は戦国武士、摂取カロリーの桁が違いますようで。つづく。2月28日。

●私のダイエットは只今6~7キロ減で進行中ですが、運動量が少ないため停滞中であります。6キロというと、運動して筋肉量が増えた訳ではないので、純粋に脂肪の量になります。カロリー計算で9(kcal/g)×6000(g)で54000kcalです。1日の必要カロリーがかりに2000カロリーとした時、27日の絶食に匹敵します。最近話題の糖質ダイエット(糖分炭水化物を避ける)を健常な人が行うと危険を伴うとも言われていますので、バランスのとれた献立が大事です。1日1合(2膳)の白米を1膳にすると1日に267kcalのダイエット効果がありますから、30日×267kcal=8010kcal÷9kcal=890gの体重減少が期待されます。気の遠くなるような数字ですが「ダイエットもできないような意志の薄弱な人間に何が成せよう」と思えば可能です。2月28日。

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