●6月の旅の終わりは京都。6月末の京都はもう激しい暑さで、二条城と霊山護国寺を廻るのが必至の状態。ところで明治の時代はいつから(何年何月何日)からスタートしたのでしょうか。改元の詔書が出たのが新暦1868年10月23日(旧暦慶応4年9月8日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年1月1日とすると定めたられたのであります。ついでながら戊辰戦争は1868年1月27日(慶応4年1月3日)から1869年6月27日(明治2年5月18日)です。さらに戊辰戦争の最終局である函館戦争で土方歳三が絶命したのが1869年6月20日(明治2年5月11日)であります。土方歳三が生まれたのは1835年5月31日(天保6年5月5日)。実質的に江戸時代の徳川の世の終焉は二条城にて「最後の将軍」である慶喜が行った大政奉還を表明した時です。慶喜は土佐藩(後藤象二郎・山内容堂)の建白を受け、1867年11月8日(慶応3年10月13日)、上洛中の40藩重臣を京都・二条城に招集し大政奉還を諮問したのです。翌11月9日(同10月14日)、「大政奉還上表」を朝廷に提出。摂政・二条斉敬ら朝廷の上層部はこれに困惑しましたが、薩摩藩の小松清廉、土佐藩の後藤象二郎らの強い働きかけにより、翌11月10日(同10月15日)に慶喜を加えて開催された朝議で勅許が決定。慶喜に大政奉還勅許の沙汰書を授けられ、大政奉還が成立したのであります(一部Wikipedia引用)。つづく。7月28日。