数ある帽子の中でも、小生の好みは夏のパナマ、冬のソフト帽である。特に、ソフト帽すなわち「ソフト・フェルト・ハット」は、日本でも戦前まで最もよく被られた帽子で、公務員や会社員に愛用されたとのこと。昔の白黒映像を見ると、かなりの通行人がフェルトを被っているから、頼もしくうれしい。今はそれほどでないが、それでも銀座界隈では帽子を被った紳士や御婦人、若者を見かけるから、心づよい。銀座2丁目の「トラヤ帽子店」は日曜以外の毎日、10時半に開店するが、客足の途絶えることが少ないから、今もそれなりの帽子愛好者がいることになる。
最近ニシタチでも帽子を被る若者をちらほらと見る。小生が帽子を被るようになって、かれこれ10年になる。当時は「妖しい」か「怪しい」か知らぬが、変人扱いされた節があった。今では若者を中心に帽子人口が増え、「市民権」を取り戻しつつある。なんとも結構なことだ。
何を語るにもまず大切なことは歴史である。帽子の歴史は古代エジプト(約5000年前に統一国家を形成)や古代ギリシア(紀元前9~8世紀)まで遡るらしい。どうも編み細工や羽根飾りなどを施した王冠が起源のようだ。ギリシア時代にはストローやフェルトで作った「ペタソス」を被り、古代ローマやビザンチンの婦人は絹に真珠を縫い込んだ帽子、男性は毛の多いフェルトをカールして、頭髪につけた。ロマネスク時代(中世、11世紀から12世紀中葉にかけて南フランスをはじめ西ヨーロッパ諸国に行われた建築・彫刻・絵画の様式)はチン・バンド(chin-band)またはチン・クロス(chin-cloth)を被り、そしてゴシック式(ロマネスクに続く中世西ヨーロッパの美術様式。12世紀中頃北フランスに興り、各国に伝わってルネサンスまで続く)を経て、ルネサンス期(13世紀末葉から15世紀末葉へかけてイタリアに起り、次いで全ヨーロッパに波及した芸術上および思想上の革新運動。)に入るとはっきりとしたクラウンやブリムが現われ(フランス)、ビロードのベレー帽も登場した。バロック時代になるとクラウンの高い今風のハットが生まれ、19世紀に入るとトップ・ハット(シルク・ハット)が登場した。
これもまた分かり難い。では、現在ポピュラーな帽子の歴史を個別に調べてみるとするか。
●トップ・ハットは、1775年の中国・広東の帽子屋が考案したという中国起源説、1760年にフィレンツェで考案されたとするイタリア起源説、1797年、ロンドンの小間物商ジョン・へザーリントンが制作したとされるイギリス起源説の3つがある。
●ホンブルグの起源は1860年代、西ドイツの温泉地・ホンブルグで流行っていたこの帽子を1889年当時の英国皇太子(後のエドワード7世)が自国に持ち帰り、たちまち上流階級に流行した。シルクハットに次いでドレッシーな帽子とされ、タキシードに合う。
●ボーラー(山高帽)は1950年代にイギリスの帽子業者ウイリアム・ボーラーにより作られる。もとは狩猟の従者のための帽子。ボーラーはイギリスで用いられることばであり、アメリカではダービーと呼ばれる。
●フェルト帽は1950年代に登場した。ボーラーなどの硬いフェルト(ハードフェルト)製に代わって、ふだんでも被り易いソフト(ソフトフェルト)製の帽子が1930年代から流行した。
●パナマ帽の起源は14世紀。以来19世紀まで産地の名を取って「ヒピハパ・ハット」と呼ばれ、もっぱら中南米地方の農夫がかぶっていた。主として砂糖やバナナ、煙草、コーヒーなどの栽培を営む人の、日除け帽として使われていた。1895年にアメリカ軍人が中米のパナマで発見し、自国に持ち帰る。昔から、盛夏用、熱帯地方用の昼間の帽子であり、夜間に被ってはいけないとされている。麻のスーツなどに合う。
●ハンチングは19世紀半ばからイギリス上流階級の狩猟用帽子として生まれた。
●ボーター(カンカン帽)は18世紀末に英国海軍、ネルソン提督が円形の麦わら帽子を海軍軍人の夏の制服とし、英国人がこれをボーターと呼んだ。19世紀から20世紀初めの男子が良く被った麦わら帽子で特にアメリカで流行。リボンは黒が正式。
●チロリアンはチロル地方オエッタールの農夫の帽子を起源とする。ファッションとしての登場は1860年終わり頃。
●ベレーはバスク地方(ピレネー山脈のふもとで、スペインとフランスの国境地帯)の僧侶の角帽がバスク地方の農民にひろまり、さらに一般に広まった。また、この地方のきこりが事故防止の為、被ったのが始まりとも言われる。その起源は古代ローマの兵士たちが被っていたbirretumという帽子、という。11世紀ころには聖職者も着用した。
忘年会も酣(たけなわ)。連夜の酒で、少々疲れた脳味噌と荒れた胃袋を休めなくては「ギャグ」も鈍(なま)るというものだ。ここいらで、今日は終了とするか。-つづく–
附録①パナマ帽の語源:名がパナマ帽であるから、産地はパナマ共和国と言いたいところだが、実は違う。原料のヒピハパは主にエクアドルの特産物であり、パナマ・ハットの名は出荷地のパナマ港にちなんでいるというのが通説である。が、パナマ運河で働く人々がこの帽子を被っていたからだという説もある。
附録②カウボーイ・ハットの代名詞である「テンガロン・ハット」の語源:10ガロン(=gallon、約38リットル)の水が汲まるからとの説があるが、さすがにそれは無理か。これに対して有力な説は、飾り紐(ギャルーン=galloon)が10本も飾れるほどクラウンの高い帽子であるという意味。