●「さあ、どうなる新型コロナ、どうする新型コロナ」
めでたく東京オリンピックが終了しました。しかし開催の是非については今後の総括如何によるでしょうが。1964年の東京オリンピックは私がちょうど5歳の秋でした。私の祖父がオリンピック観戦のために村で2番目にテレビを買いました。私もアベベや円谷幸吉のマラソンを見て感動し、裸足で刈り終えた田んぼの中を走り回ったことを昨日のように覚えています。ついでながら村というのは小字のことなので当時約30軒の家がありました。そうは言っても今とは大違いに子供が多く、私の同級生はこの小字に4名もいました。おまけの譚ですが、1964年の東京オリンピックの御蔭でテレビで大相撲やプロレス、野球中継などを観ることができるようになり、金曜日や土曜日の夜となると近所の人が集ってきました。オリンピックもメキシコやミュンヘンまでは新鮮味がありテレビの前に釘付けでしたが、今はこのコロナ禍でも世界の何処かで世界大会が開催されている状況ですので、昔のような手に汗握る感動は湧いてきません。でもメダルを獲得した選手には心より拍手を送ります。残念なのは、日本人選手の親御さんはじめ家族に対して、試合会場で観戦してもらう配慮が欲しかったと思います。多くの国民の世論に反してオリンピック開催を強行した訳ですが、首相には”武士の情”を見せてもらいたかったものです。もちろんワクチン接種等の最善策をしてもらってですが(ボランティアや大会関係者、マスコミも会場入りしているのですから)。最期に、年を取るとは不思議なものでして、日本の選手がメダルを獲るのは真に嬉しいのですが、遠い異国から来て1回戦で姿を消す選手を目にすると、これまた何とも言えぬ憐憫の情が湧くものです。8月8日。